研究内容(トリパノソーマ編)
ここでは私、永宗のこれまでの原虫研究の概要を述べたいと思います。私の今までの研究業績は、アフリカ・トリパノソーマ(以下トリパノソーマ)を用いたGPIアンカーの生合成機構の解明に関する研究と、トキソプラズマ原虫の宿主細胞内進入及び分化機構に関する研究に大別できます。そこで以下にそれぞれの研究の概要を簡単に説明したいと思います。
始めにトリパノソーマを用いたGPIアンカーの研究について簡単に説明します。トリパノソーマは媒介昆虫である吸血バエ、ツェツェバエの体内で増殖し、ツェツェバエの吸血に伴い哺乳動物に感染します。まず私たちは、トリパノソーマにおいて、GPIの生合成が生存に必須であるかどうかを調べました。私たちは世界で初めて原虫において、GPIの生合成に関わる遺伝子のクローニングに成功し、さらにその遺伝子のノックアウトを行うことにより、哺乳動物血流中で増殖しているステージにある原虫(血流型)においてはGPIの生合成は必須であり、トリパノソーマを媒介するツェツェバエ内で増殖しているステージの原虫(昆虫型)にとっては必須ではないものの、in vitro培地中やツェツェバエ体内での増殖に非常に重要であることが証明できました(PNAS 2000)。
図1:ヒトおよび主な寄生原虫のGPIアンカーの構造。(図01.jpg) 図2:トリパノソーマの表面は多量のGPIアンカー型タンパク質で覆われている。(図02.jpg) 図3:GPIの生合成に関与する遺伝子をノックアウトした昆虫型トリパノソーマは培養フラスコに張り付いて死滅する。(図03.jpg) 図4:GPIの生合成に関与する遺伝子をノックアウトした昆虫型トリパノソーマは、ツェツェバエへの感染能が低下していた。(図04.jpg)
続いて私たちは完成したGPIをタンパク質に結合させる酵素であるGPIトランスアミダーゼの構造及び機能の解析を行いました。その結果、トリパノソーマのGPIトランスアミダーゼは哺乳動物や酵母と共通な3つのコンポーネントと、トリパノソーマ門に属する原虫に特異的な2つのコンポーネントからなっており、従ってGPIトランスアミダーゼは抗トリパノソーマ薬開発の良いターゲットに成り得ることが証明されました(J. Biol. Chem. 2003, PNAS 2003, FEBS Lett. 2006)。
図5:トリパノソーマのGPIトランスアミダーゼはヒトや酵母と共通の3つのコンポーネント(GAA1, GPI8, PIG-T)とトリパノソーマ門に特異的な2つのコンポーネント(TTA1, TTA2)からなっていた。(図05.jpg)
一方、トリパノソーマGPIの構造は血流型と昆虫型で異なっており、昆虫型のGPIはイノシトール部分がアシル化されているが、血流型のそれはアシル化されていないことが知られています。私たちはこの違いの原因となるGPI脱アシル化酵素を同定し、この酵素遺伝子の発現がトリパノソーマの生活環の中で厳しく調節されており、その発現量の変化はトリパノソーマにとって致死的であることを示し、このイノシトールのアシル化酵素も抗トリパノソーマ薬開発の良い標的となり得ることが示唆できました(J. Biol. Chem. 2006)。
図6: ヒトおよび主な寄生原虫のGPIアンカーの構造。PIにアシル基を含むものは赤で示した。(図06.jpg) 図7:ヒトおよびトリパノソーマのGPI生合成経路。濃い紫で示した部分がヒトとトリパノソーマとでアシル基の有無に違いがある部分。(図07.jpg)
同時に私は抗トリパノソーマ薬開発の目的でコンゴ人研究者らとの共同研究を行い、新奇な抗トリパノソーマ活性を持つ物質proanthocyanidinを現地の植物から分離・精製しました(Int. J. Parasitol. 2005)。
図8:proanthocyanidinの構造。(図08.jpg)
また、昆虫型トリパノソーマにおける主要なGPIアンカー型タンパク質の一つに、シアル酸を含む糖鎖からシアル酸をGPIに転移する酵素であるトランスシアリダーゼがあります。昆虫型トリパノソーマはシアル酸を合成することができないので、この酵素による宿主からのシアル酸転移反応は昆虫型トリパノソーマにとって唯一のシアル酸供給源となっています。我々は昆虫型トリパノソーマのツェツェバエ中腸内での増殖にGPIのシアル酸による修飾が必須であることを見出しました(J. Exp. Med. 2004)。
図9:私たちが確立した2つのGPI生合成能欠失変異昆虫型トリパノソーマの変異ステップ。(図09.jpg) 図10:2つの変異株でツェツェバエへの感染性が大きく異なっていた。なぜ? (図10.jpg) 図11:その原因はGPIアンカー型タンパク質の一種であるトランスシアリダーゼにあった。(図11.jpg)