トキソプラズマ原虫は実は非常にpopularな病原微生物で、日本においては人口の20-30%、フランスなどでは80%以上の人が感染しているといわれており、トータルで全人類の3分の1以上が感染していると考えられています(1)。多くの感染者にとって、トキソプラズマ感染は不顕性に経過しますが、一方でトキソプラズマ感染症は一度発症すると非常に重篤な感染症となります。1999年アメリカCDCからの報告の中では、トキソプラズマ症は、food borne disease(食べ物から感染する病気、広義の食中毒)による全入院患者のうち原因の明らかになったものの4.1%(第4位)、死者数においては20.7%(第3位)にもなると推定されています(2)。また、トキソプラズマ原虫はHIV感染者に致死的な脳炎を引き起こして患者を死に至らしめることが知られていて、アメリカでの統計によるとHIV感染患者の18-25%がトキソプラズマ脳炎を発症することが報告されています(3)。一方1999年WHOからの報告では(4)、1998年の全世界の総死者数の25%を占める感染症による死者のうち、17.3%がAIDSを原因として亡くなっていると報告されていますので、上記のアメリカでの統計を単純に当てはめると、世界中の感染症による死者の約4%はトキソプラズマ感染症が原因で亡くなっていると見積もることができます。また、トキソプラズマ原虫は感染症による全死亡者の8.3%を占めるマラリアの原因となるマラリア原虫や、日本においても水道水やプールなどから集団感染を引き起こし、しばしばマスコミを騒がせるクリプトスポリジウム原虫と非常に近縁で、しかもそれらの原虫と比べて、分子生物学的、細胞生物学的研究が行いやすい生物であるため、これらの原虫研究のモデルとしてもトキソプラズマ研究は重要であると考えられます。


文献

(1) Dubey, J.P. “The history and life cycle of Toxoplasma gondii. in “Toxoplasma gondii.” Edited by Weiss, L.M. and Kim, K., Academic Press 2007

(2) Mead, P.S., Slutsker, L.., Dietz, V., et al.  Food-related illness and death in the United States.”  Emerg. Infect. Dis. 1999, 5, 607-625

(3) Kasper, L.H. and Buzoni-Gatel, D.  “Some opportunistic parasitic infections in AIDS: Candidiasis, pneumocystosis, cryptosporidiosis, toxoplasmosis.”  Parasitol Today 1998, 14, 150-6

(4) World Health Organization Report on Infectious Diseases: Removing obstacles to healthy development” WHO, 1999